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仮に、HA病としてみる(未完成)

NN病というのがある。
中居・直江病の略だそうだ。『失楽園』で有名な渡辺淳一氏の『無影灯』を
原作としたドラマ『白い影』で、SMAPのリーダーである中居正広が、直江庸介という
医師を演じた。それにドップリハマってしまった人が続出したところから
この名前が付いたらしい。
当時私は、その状態が理解できなかったんだが…。

今、NN病の人達を笑えない状況にきている。
そうそれは、HA病と仮に名付けてみようか。
萩原・赤木病の略なのだが。
最近では、ペ・ヨンジュンの吹替ですっかり有名になった萩原聖人が、
現在、『闘牌伝説アカギ』

同人誌と著作権との関係の謎

とある大型掲示板(ID固定の腐女子関係の項目でのやりとりなんですが、
90年代に一世を風靡したとあるスポーツ漫画の作者が、やおい(つまりは男性キャラ同士の同性愛の二次創作)は嫌いだみたいな発言をした、というので、
その作者が売れる前、男が男に懸想する漫画を描いていた(もちろんギャグですが)過去を知っている私は、『それはその作者言っちゃいかんだろう』と書いたところ、
…著作権に関してガシガシレスポンスがつきまして、作家の立場という人や夏休みだから涌いたような人やら沢山いたので、それ以後こちらもびびりまして閲覧もあまりしていない状況なのです。

まーその後、ガンダム関係のところで偶然そのいきさつを知りまして、どうも作者自身に自分の作ったやおい本を送り付けてしまった者がいたということなのです。作者はそれ以後『やおいは嫌い』という発言をどこかでしたらしく、作品も『腐女子に懸想されない』ように努力をしたという事のなりゆきだったそうなんです。
私は(コミケやらでひじょうに盛り上がっていた漫画だったので)、やおい同人誌を作ることに対して怒りをおぼえた、ということだと思ってましたので、それはそう言っても仕方ないのかな、と思いました。

ただ、著作権というハナシを持ち出されるとどうなのかな?とは思います。二次創作における著作権侵害の問題は今までにいくらか耳にしましたが、どうも曖昧です。私が耳にした話ではだいたいこんな感じ。
1)ベネッセのとあるキャラクターの同人誌を公認で描いてた作家が、突然それを禁止された。
2)任天堂のとあるキャラクターのやおい同人誌を描いてた作家が、事前通告もなしに逮捕された。しかも、弁護士もつけずに何十日も拘束されていた。
3)80年代に一世を風靡したとあるスポーツ漫画で、あまりにもやおい同人誌が乱発したので、編集があとがきで『ひどい』という旨のコメントを出した。
4)現在開催中の万博のイメージキャラクターも担当している作者側が、二次創作についての見解を二転三転させ、ファンを混乱させる。
…この他にも色々あったでしょうね。
著作権侵害、が罪なのは分かってるんですが、罪に該当するのが何か、ということが分からないんです。著作権に関する法律をざっと調べても、社団法人日本書籍出版協会のガイドラインにも載っていない。件の90年代に人気があった漫画の出版元を調べてもガイドラインが無い。だいたい、同人誌は複製でも転載でもない。
一応、同人誌にまつわる著作権が載ったサイトはあるんですが、それを読んでも曖昧な点は残ります。つまり、同人作家というのは手探りで、いつしょっ引かれるか分からないまま、『描かせてもらう』という謙った立場で居続けてるというのが現状、というわけです。人のキャラクタで金取ってるんだから当然だ、という意見もありましょうがインターネットで利益の出ないものを描き続けてる人も最近は多いのです。
件の漫画は90年代の漫画で、インターネットが普及してなかった頃に流行った漫画なのでもうどうにも出来ませんが…例えばWINNYなどのように、状況が変わった時代に合わせた法制化というのをお願いしたいところです。
同人人口は買う側も売る側も含めると数十万数百万人にのぼるはずで、コンテンツ制作側には無視できる存在ではないからです。
例えるならばアマチュアバンドが有名バンドの曲をコピーするのに似て、将来の売れっ子の原石に関わることでもあります。
件の漫画で言えば、同人作家からプロデビューし、作品がドラマ化された人やアニメ化された人もいるわけですから。

最後に、件の漫画の騒動についてですが、『同人誌を描かれるのがイヤ』なら著作権の話になりますが、『やおいを描かれるのがいや、もしくは腐女子がイヤ』となると、著作権の話とは分ける必要があると思います。作者として、『こう受け取られたい』という思いはあるでしょうが、『こう受け取った』ということに関しては踏み込めないんじゃないか、と思うからです。送りつけられたものに関しては、内容にもよりますが猥褻に関する法の問題になるでしょうし。

オタクっ気がない人なんているのか?

自分にはオタクっ気がないという人が信用できない。
体育会系なら信用出来るけどね。
これだけネットに接続する人が多くて、漫画やライトノベルを含む文字文化、そして映像文化に溢れていてオタクっ気が無い人って、おかしいでしょ。

まず、ここを覗いてらっしゃる時点でオタク度は高いでしょう。
高率で音楽オタクだし、こんな怪しげなタイトルのコラムに辿り着かれるということは…。
でも、音楽オタクの人には、自分のことをオタクだと思ってない人が結構いるような気がする(ま、あくまでも気がするだけなんですが。本当はどうか分かりませんし)。
そういう人は、自分のことを『サブカルっ子(仮称)』というように定義付けてるんじゃないかと思う。ま、少なくとも秋葉原に行くようなオタクよりは上だと思っているんじゃないだろうか。

でも、いわゆるパンピー(これも死語だろうか。でも代わりの言葉もないですね)といわれる人達にとっては、どっちも変わらないのじゃないだろうか。何か一つのことに関して詳しくて、蘊蓄垂れるような人である以上は。
私は元々テレビゲームやアニメが好きで、その後音楽の趣味やってましたがやはり、どこかこれはアニメやらより上なんだという部分がありましたね。ま、勘違いなんですが。そして今も勘違いしてる部分はあるんですが。
ただそれでもカッコつけない為にも自分で自分を『オタク』だと名乗るようにはしています。

変わるドラえもん、変わらないサザエさん

『サザエさん』と『ドラえもん』というと、双璧を為す日本の長寿アニメである。
『サザエさん』は視聴率が20前後、『ドラえもん』は12前後である。
12というとかなり低いように思うが、少子化やら子供の嗜好の変化のせいか(今の子供は漫画やアニメをあまりたしまないとか、なんとか)、今の世の中視聴率が8もあれば、アニメ視聴率のトップ10に入っちゃうのである。
この二つは常にアニメ視聴率のトップ5に入っている(ほかはちびまる子、コナン、クレヨンしんちゃん)。『サザエさん』に至っては、常にトップである。
そんな国民的人気アニメ、『サザエさん』『ドラえもん』には大きな違いがある。
それは、『サザエさん』は変わってはいけなかったこと、『ドラえもん』は変わらなければならなかったこと、である。

数年前に『ドラえもん展』に行った時、20歳前後の女の子の会話を聞いた。『最近のドラえもんって変やねん。顔が怖いのになるねん』と。こないだ『ドラえもん』を観た時に、そのことを思い出した。その回では、のび太を追っかけるスネ夫とジャイアンの顔が途中で鬼に変わっていた。アメリカのアニメにはありがちだが、昔の『ドラえもん』には無かった過剰演出だ。
去年『ドラえもん』を観た時にはのび太はゲーム機を買っていた。
あと、最近の(といっても私は数えるくらいしか観ていないが)『ドラえもん』では、ドラえもんのガールフレンド的存在の、猫のミーちゃんの出番が妙に多くなっている。
作画はデジタル彩色だし、80年代に私が観ていた頃の『ドラえもん』と様変わりしていた。それでも『ドラえもん』は『ドラえもん』なのだから妙なもので。

だが、『ドラえもん』は変わらなければならなかった。それは原作者が亡くなったこともあるし、アニメ業界の変化もある(デジタル彩色なんて、セル不足、人材不足のアニメ界にはもう無くてはならないものだろう)。『サザエさん』との大きな違いは、『サザエさん』は昭和3,40年代を舞台にしているのだが、『ドラえもん』は常に現代を舞台にしなければならないところだろう。だって、ハイテクノロジーが出てくるのだもの。

そして『ドラえもん』は変わった。絵柄が原作風になり、ドラえもんの精神年齢が下がり(大山ドラえもんがオバサン臭かったことを考えると、性転換もしてるか?)、頭の悪い男の子っぽくなった。何より変わったのは声だろう。のび太のママの声がセーラームーンで、のび太のパパの声がノリスケさん(私にとっては火鳥勇太郎/太陽の勇者ファイバード、なんだけど)になったのは驚きだ。
あれから2ヶ月、『ドラえもん』は今でも12%程度の視聴率である。色々心配はされていたが、やはり老舗の強さがあるのだろう。私は前の『ドラえもん』の末期に感じなかったワクワク感を抱いて観ている。

お笑いブームなんて終わってしまっても構わない

最初に、3本分のコラムが未完になっていることをお詫び致します。
どうもこの日記、時間が経つとログアウトしてしまうようで、書き終わってから
『書き込み』ボタンをぽちっとなすると、更新できなくなってしまうのです。
コピーしとけばよい話なのですけどね、もちろん。
近いうちに完成形をアップしますので、しばしお待ちを…。

私こと毒蝮麭麺はお笑いが好きだ。
就学前からひょうきん族を観続けていた(『ブラックデビル』から『かまへんライダー』まで)。小学校の頃はダウンタウンの出世作『4時ですよ~だ』をたまに観ていた。ドリフの大爆笑や志村けんのだいじょうぶだぁを観ていた。中学生の頃は『夢で逢えたら』を観ていた。嘉門達夫のCDをレンタルし、杉原てつ(元てつ100%)のラジオを聴き、イベントに行った。千原兄弟やジャリズムの出る番組を録画していた。千原兄弟が出演するはずの初めてのお笑いライヴは、弟の浩史が盲腸で出演できなくなっていた。閉まる前の2丁目劇場(心斎橋)に行った。ラーメンズのライヴに幾度となく通った。鉄拳のライヴも観た。毎週土曜日はよしもと新喜劇と決まっているし、最近では始発で並び、笑い飯が出るライヴの当日券をゲットした。

そんな私は、(何次目かの)お笑いブームが終わってしまっても構わないと思っている。

今のお笑いブームのきっかけは99年春にNHKで始まった『爆笑オンエアバトル』である。何故断言できるかというと、今のお笑いブームの人気者の中でここを通った芸人が多いからだ。ざっと挙げると、Dondokodon(第一回グランドチャンピオン。ぐっさんだけが活躍してる気がするが)、青木さやか、テツandトモ、はなわ、ダンディ坂野、陣内智則、鉄拳、ドランクドラゴン、いつもここから、長井秀和、北陽、品川庄司、マギー審司、ますだおかだ、パペットマペット、フットボールアワーなどだ。

この番組の特徴は、会場に入った客が審査するということだ。90年代に関西ローカルで放送していた『爆笑BOOING』というのもこのパターンだった。玄人さんの審査員が選ぶのではなく、純粋に客の好みで芸人が篩にかけられる。しかし、このやり方には欠点がある。純粋に『ネタ』だけで客に選ばれるわけでなく、顔やそれまでの人気で結果が左右されることが多いからだ。例えば、キングコングはそれで売れてしまった若手芸人だと思う(彼らは去年『漫才アワード』というトーナメントで、10人の審査員に一票も入れてもらえなかった。ちなみに対戦相手はフットボールアワー。その屈辱のせいか今年は同トーナメントを途中で降りた)。芸人にしては西野がオトコマエ、それが人気の理由の一つなのである。

それともう一つ今回の芸人ブームの特徴として、ピン芸人が多い、というのがある。彼らの多くはネタに幅を持たない。はなわやヒロシやだいたひかるのように、『こういうことってあるよね』を羅列する連中の多いこと(まぁこれは、コンビでもそうなのだが…テツandトモ、レギュラーなど)。こういう連中は1年2年で飽きられても仕方が無いだろう。ピン芸人は30代のオッサンが多く、その分ブサイクが多いために『顔』で売れようとするにも、辛い。

最近、ホントに若手芸人が活躍する番組が増えた。エンタの神様、笑いの金メダル、ロバートホール、はねるのトびら。芸人番組で無いのに、うたばん、高校生クイズ、愛のエプロンなどには芸人が多く登場している。確実にブームなんだろうと思う。けれど、もういいような気がする。先日、『お笑い甲子園』という番組を観たのだが、酷いものだった。実際の甲子園(高校野球)なら、プロほど強くなくても『野球』の形は出来ているのだ。しかし、『お笑い甲子園』に出てくる高校生達は『お笑い』の型がなってないような奴がほとんどだった。こんなのまでテレビに出てくるようでは、もうブームも黄昏に入ってるのではないか?『M-1グランプリ』も、笑い飯を発掘出来たんだからもういいんじゃないか、と思う。

どんなものでも、始まった当初はいろんな人材が集まり刺激を与えてくれる。でも、それが続くと、青田買いされたシーン全体が出がらしとなり、ろくな新人が入ってこなくなる。同じ人材でシーンが転がされるようになり、マンネリズムに陥る。
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